自然と共生する近世城郭【宇和島城】
宇和島城は藤堂高虎が山城から近世城郭へ改修し、後に伊達政宗の長男、秀宗が城主になった城。古絵図を見れば分かるように当時は海に面した海城。外郭線が五角形の形をしている巧みな縄張りで有名。 #uwajimajo pic.twitter.com/AiGeN1iKjp
— メカマツオが正常に働くために (@mechamatsuo) 2014年12月23日
家老桑折氏の長屋門を移築した桑折氏武家長屋門。当時は三の丸。ここに門はなかったでしょうね。 #uwajimajo pic.twitter.com/OWJv37VMSH
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三の丸跡。現在郵便局である写真左側。かつて御殿があった。面する野面積の石垣は藤堂時代のもの。上の道と低い石垣は平成21年の石垣修理で見つかった。江戸時代のもので、御殿を見下ろす位置にあることから藩主専用とされる #uwajimajo pic.twitter.com/KGvXRAVHuE
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石垣に挟まれるように道は続き、曲がったところに井戸丸門があった。石垣上に渡櫓を置いた櫓門かなあ。 #uwajimajo pic.twitter.com/aPDQOFLOgw
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井戸丸。名前の通り井戸がある。城内に3つある井戸のうち、最も重要視されていた井戸とのこと。 #uwajimajo pic.twitter.com/DYjHaDXPkH
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二の丸跡。先端に御算用櫓があり、下にある雷門からやってくる敵に備えていた。犬走りがあるようだが、よく見えぬ。 #uwajimajo pic.twitter.com/5HRLiSQNSE
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そのままぐるっと振り返ると本丸への虎口。ここの石垣は新しいですね。角が算木積みになっているし、横目地の通った、切込接に近い感じの打込接。矢穴もほぼ処理されている。 #uwajimajo pic.twitter.com/E5YMaGbCKg
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櫛形門(一之門)跡。4つの礎石がある。左右の櫓にくっつけるように四脚の門があったのかな。 #uwajimajo pic.twitter.com/qdDFVIWqAp
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本丸。周囲には櫓がいくつかあったようだ。天守前には御大所(御台所)。 #uwajimajo pic.twitter.com/eI3Jl6yzhn
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天守。現存12天守のうちの一つ。層塔型?小ぶりながら破風で飾り立てた美しい城。式台付きの立派な玄関がある。瓦には九曜紋。平和な伊達時代のもの。口をひん曲げているように見える。 #uwajimajo pic.twitter.com/rSEvy6HZYj
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天守一階。そうそうこうやって戸をはめて使うんだよね。 #uwajimajo pic.twitter.com/fA5PwcM6WS
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見上げると上棟祭の祭礼具なのかな?と、全然読めない札が。なんだろこれ。梁の組み方が、他の城と違う。現代に近いのかな。知らないけど。 #uwajimajo pic.twitter.com/Zsa10XzD5s
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二階。不思議な棒置き。なんの棒だろう。戸を閉めるのに使うのかな。 #uwajimajo pic.twitter.com/jFOlE4oo0c
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三階。武者走りがなくなる。天井が板張りになっている。これも珍しい気がする。 #uwajimajo pic.twitter.com/eqwz3tq19F
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三階からの景色。山と海に囲まれているといった感じだ。そもそも宇和島の地は、山が沈降して出来たとか。 #uwajimajo pic.twitter.com/4x3BQ3puhr
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もう一つの城門、上り立ち門。大手側にある。伊達家の家紋が付いているが慶長初めまで遡る可能性のある国内最古クラスの薬医門。石段の脇にはやはり低いが登り石垣 のようなものがある。 #uwajimajo pic.twitter.com/ya1MOk8egU
— メカマツオが正常に働くために (@mechamatsuo) 2014年12月29日
式部丸跡。石垣が崩れているのは闇戦ご…台風の爪痕だと思われる。ぱっと見、曲輪自体が傾斜してるようにも見えた。 #uwajimajo pic.twitter.com/ylTOLFQc6s
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式部丸の上に見えていた石垣、代右衛門丸の石垣。こちらも工事中で入ることは出来なかった。前回来た時入ったのかな… #uwajimajo pic.twitter.com/B2FGKaUxPb
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長門丸から一度下に降りてみた。誰ですか隙間に瓦突っ込んだの。綺麗な石垣だなあ。角、算木になってる。 #uwajimajo pic.twitter.com/jDw04Z6QAw
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ここは桑折門入ってすぐ井戸丸へ向かう道と分岐した先にある。和翁丸とある。北角櫓の石垣は角が完璧な算木積みになっている。新しいものだ。素敵ハンモックがあった。伊達さん昼寝用かもw #uwajimajo pic.twitter.com/r1OqiMoaR7
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長門丸へ戻り、天守方面へ向かう道。左の石垣は算木積みを意識しているが、石の大きさが揃っていないので、さっきより古いものかな。上は藤兵衛丸跡。この先、門があるのだが、道がコの字型になっている。 #uwajimajo pic.twitter.com/PwIlRBkrCk
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こうで、こうで、こう!雷門跡。礎石が残っている。宇和島城下絵図屏風では左に土塀から櫓、右に櫓のようなものが描かれている。二の丸の真下で、侵攻する敵は二の丸から攻撃を受けることになる。 #uwajimajo pic.twitter.com/MLwiIqyujp
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藤兵衛丸跡にはかつて武器庫として使われていた山里倉庫が移築されていて、現在は郷土館になっている。この曲輪も低い石垣が周りにあるが、上に土塀があったのだろう。この先は二の丸→本丸になる。 #uwajimajo pic.twitter.com/TKHPV28RIB
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そして主目的は伊達博物館の企画展、モード★伊達。甲冑や刀の展示もあったが、女性の着物やお洒落道具なんかもあって面白かった。 pic.twitter.com/zgIlPpATpV
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そして博物館で伊達家墓所が市内にあることを知り、急遽訪れることにしたのであった。何故か2つある菩提寺のひとつ、竜華山等覚寺。立派な山門である。 #date pic.twitter.com/HeFpM3TYXm
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さすが伊達!と思わず唸ってしまったくらい見事な紅葉に彩られた墓所。中央は宇和島伊達藩初代藩主伊達秀宗のお墓。左右に殉死者のお墓がある #date pic.twitter.com/Lgea3AObqM
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何故か政宗様の供養塔があるという。この中のどれかなのだが…どれだか分からん。表示頼む。 #date pic.twitter.com/0TPfWFeYx6
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JR宇和島駅から徒歩10分→ルートA
天赦園・伊達博物館
宇和島城から徒歩5分→ルートB
等覚寺
伊達博物館から徒歩20分→ルートC
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